2011年5月28日土曜日

病魔に襲われました

3月27日、今季最後の雪山を楽しもうと近くの上世屋高原を山仲間と共に出かけたが、歩きだす直前になって、突然、胸と背中が痛みだし呼吸困難となった。友人に頼み救急病院へ急行。その結果、大動脈解離B型と診断されICUへ直行。1週間ほど意識が殆どなかったらしいが、1ケ月ほどで退院し、現在自宅で高血圧の(130以下)管理、動脈硬化の予防で減塩食、軽作業1時間以内、ショックを受けない生活の維持などを医師から指示されている。この病気は一生傷で、安静にしていても再発することもあるそうだ。
発病から2ケ月になるが入院時から服薬している薬の量や種類が変わらぬことを考えるとあまり好くなっているとは思えない。
今回の病気でラッキーだったのは、発病場所が駐車場であり、友人が直ぐに救急病院に運んでくれたこと、救急病院が近くにあったこと、救急当番の医師が循環器内科の専門医だったこと、解離した場所が大動脈の下部で、解離腔が血栓性閉鎖であり、外膜組織が大きくならなかったこと等偶然と言えぬぐらい多くの幸運が重なって助かったことだ。
 本来なら、当日は、鎌田さん達と冠山を目指すはずだったのだが計画が中止になり、仕方なく近くの山に変更したのが幸いだったようだ。知らない土地で、病院の場所も分からず、山の中で搬出に時間がかかったり、専門医がいなかったら助からなかったかもしれない。
 当分、少なくともここ1年以上は山歩きはできないようだが、そのうちにと思っているが、女房は、これを機会に、山の道具をチャリティーにでも出したらというが、昔から使ってきた門田のピッケルなど簡単に手放す気にはなれない。せめて、北山荘行ける日が早く来てほしいと思っている。
洛北8期 太田 亙

2011年5月24日火曜日

                         クリンソウに異変

 5月15日に北山荘へクリンソウを見に行った。4月24日の北山荘の集いに行ったときは、まだ咲いていなかった。ことしは寒さで、山野草の開花が1週間から10日くらい遅れているようだ。北山荘で竹内康之君に会った。「五葉ケ谷のクリンソウが変でっせ、花が落ちている」と教えてくれた。
 小舎の橋に防腐剤を塗ってから五葉ヶ谷へ向かった。ここには昔からの群落地がある。「三高山岳部報告」か一中山岳部報告「嶺」の古い号で、群落地のことが書いてあったのを読んだことがある。大正末期か昭和の初めごろの話である。
足を踏み入れて驚いた。花がない。よく見ると、ちぎれて落ちている。葉も心なしか元気がない。どうしたことか。少し上の群落は株が少なく、地肌が見えている。かつては一面の花畑だった。何が起きたのか。
 日曜とあって、魚谷登山の人たちが三々五々通り過ぎる。「クリンソウが変ですね」と言っている。「鹿のせいです」と、したり顔に言う人も。この人によると、鹿は花や葉は食べず、茎だけ食べるそうである。だから、花が落ちている。
 ほんまやろか。鹿説には疑問なしとしない。鹿はクリンソウを食べないと聞いている。だから、北山にクリンソウが残っているのだ。ササユリなど、とっくに絶滅した。それに、鹿だとしたら、すべてのクリンソウの茎がやられるはずである。花が落ちているのは五葉ヶ谷だけなのはなぜか。北山荘周辺も、クラガリあたりもクリンソウは健在である。鹿がエリアによって食の選り好みするだろうか。
 インターネットで調べてみると、奥日光ではクリンソウの群落に、鹿の食害防止のネットが張ってあると書いてある。ただし、このクリンソウは野生種ではなく、持ち込まれた外来種が広がったものだという。写真を見ると、白やピンクが混じっており、明らかに、北山にあるものとは別種である。別のコーナーには、鹿はクリンソウを食べない、とある。野生種は食べず、外来種は食べるのだろうか。
 私は鹿の食害説を信じていない。去年まで見事な群落だったのに、急に鹿の嗜好が変わって茎を食べ始めるはずがない。他に原因があるはずである。傾斜地の株が少ないのは、大雨で表層が流されたかもしれない。花が落ちているのは、信じたくないが、誰か悪いヤツが、棒でたたき落としたのではないだろうか。クリンソウは実生で芽を吹くのか、それとも地下で越冬した根茎から生えてくるのか。実生なら、もう、咲かないかもしれない。ことしは一時的な異変であってほしい。来年、また群落地の花が復活することを強く願う。

 山シャクヤクはやや盛りを過ぎたがあちこちで咲いていた。北山荘のそばでは、一輪だけ咲いていた。山桜は散った後だった。洛北の山岳部の顧問をしていたという人に会った。名前は失念した。5年前に定年退職したそうだ。      (2011年5月18日、四手井 靖彦)