2012年4月30日月曜日

北山荘に集まろう会 報告

4月29日(日)に「北山荘に集まろう会」に参加しました。

8:30 北大路橋東詰で中田道彦さんの車に川井チュートンさんと中村ニャンコが同乗して、
9:30に柳谷分岐まで入りましたが、他に車の駐車がありませんでした。

北山荘に着くと、満開のオオヤマザクラが我々3人を迎えてくれました。この花見の会は例年より一週間ほど遅かったのですが、チュウトンさんの読みが見事に当たりました。

倒れたオオヤマザクラがしっかり根付いて、見事に花が咲いていました。この木をサポートしていただいた方々の想いに応えて、一所懸命に花を咲かせてくれたものと思います。
自然界の中で人と植物との願いが通じ合う事象の花見でした。




今秋、北山荘70周年記念祝賀会で皆様とお会いするのを楽しみにしています。

中村 淳

2012年4月2日月曜日

残雪の冠山(1256M)未だ登れず。鎌田克則

                       2012年4月1日
 
 私は奥美濃の春山が好きだ。身の丈に合うと言うか、肌が合うと言うか、残雪の疎林の尾根を登り詰めると、白い頂に達する。得物がスキーであれ、ワカンであれ、アイゼンであれ、その快適さ、これぞ春山の醍醐味と思う。
 ところが一つだけどうしても登れぬ山がある。奥美濃唯一の岩峰の冠山である。
初めは高校山岳部時代、先輩が越美国境、夜叉が池から冠までの縦走に挑戦、雨で敗退されたのが印象に起こっており、約50年後1999年春、実行、夜叉が池より三周、美濃俣丸、笹ヶ峰、と順調に進んだが、高倉峠手前でやはり30時間雨に降られ、エスケープした。
 その後何度か計画したが、常に天候が安定せず、05年ごろ思い切って冠側よりトライしたが、猛烈な吹雪と新雪で、腰までラッセルしても国境稜線に達せず敗退した。
 その後、冠、高倉峠中間の金草岳(1227m)だけは登る事が出来た。
 今年、もう76歳になるし、何とか冠だけは登ってしまいたいと、チャンスを狙うも、天候不順、やっと3月20日一日だけ好天が予測され、事前に除雪状況など偵察の上、何時も春山に同行願う小林さんを誘い、前日河内第一トンネル内で幕営、翌朝4時起き6時出発で、田代尾根よりラッシュを掛けた。気温が低く,アイゼンが効き,快調に高度を稼いだが、雪が硬く1058ピークを登るにも、ステップを切らざるを得ず、下りの急斜面はピッケルが刺さらず、持参した補助ザイルも支点がなく、頂上目の前にして涙を呑んだ。
2012年3月20日 1,058Mピーク退却地点より

 次回の失敗を繰り返さない為に、9mm40m、ザイル、ハーネス、エイトカン準備、片やネットで別ルートも研究した結果、国道を詰めて冠直下やや東よりのルートも考え、好天を待った。
 約10日後の3月29日、前日不良なるも好天が予測されたので28日出発、前回と同様トンネル内に幕営した。当然相当雪が減っているとの予想が、減るには減ったが、また新雪が20cm積もっているのに驚いた。
 翌朝3時起き、5時出発、今度は道路幅を越すデブリや底雪崩承知の上で、国道を直下まで詰める作戦に出た。
 デブリ、底雪崩跡次々乗り越し歩く事5時間、目指す直登尾根の直下に達す。左の堰堤を乗り越し、雪崩に怯えながら尾根に取り付く。新雪が緩んで滑りやすいのをしゃにむに登り、何とか尾根上に。
 ところが今度は高度につれて新雪が深くなる上に重たい。終始ワカンを履いているにも拘わらず、相当沈む。それに急斜面と来ているから、全く消耗する。それでも916を越し、県境稜線が目前に見える。1時までに県境に達すれば、何とか頂上に達せられる。高度計は1,150mを指し、頂上迄高度差100m強、距離、500m指呼の距離だが,遅遅として進まず。帰り又あの恐ろしい林道を5時間歩かねばならぬし、それに気温が下がれば危険が増す。又もや敗退。
何が原因なのか。前回も今回も結局、雪なのだ。前回は硬すぎ、今回は新雪が重過ぎるのだ。
 下りが又急でその上滑るので、時折ザイルを掛けながら降りた。国道も底雪崩が2度ほど近くに落ち、我々の足跡が消えている箇所が幾つもあり、緊張の連続。黙々と5時間歩き、車のあるトンネルに20時半。直ぐ車を動かして、留守本部をお願いしている四手井さんに連絡。そして運転して帰った。朝5時より16時間行動、それに3時間の運転。ああしんど。

2012年3月29日 916M尾根1,150M付近(退却)

 

                                        鎌田 克則 

2012年3月28日水曜日

鎌田克則 鴨六卒


緊
平成24年春の北山の会の会報が、3月中下旬に発行される予定でしたので、それに下記の原稿を載せるつもりでした。ところが、発行が4月にずれ込むことがわかりましたので、下記計画を先に再連絡します。
 

急連絡 残雪の大雪、旭岳、十勝方面に行こう!

会報にも載せておりますが、昨年の総会で、S21一中入,S27洛北卒の大先輩中村さんが、全く同期の北海道の安藤さんと一緒に、大雪旭岳に登りたいとおっしゃって、それに安藤さんも受けて立つとの返事があり、我々もボヤボヤしておれんとなったのが、この企画です。
 それに去る3月3日~4日太田さんの見舞いを兼ねて、丹後由良ケ岳に登った時、安藤さん、中村さんも来られて、日程他、下記の要領で概ね決まりました。
 大雪旭岳をアッタクした後は、十勝他、安藤さんの案内で、レンタカーを使って、春の北海道ならではの秘境を訪ねる予定です。滅多にないチャンスです。
 尚安藤さんの話では、春スキーも可とのことです。それに観光だけでも充分楽しめます。是非ご参加下さい。
 【基本計画】 
  
[日程]  
5月11日(金)午前発 千歳にて前日発のフエリー組みがあれば合流。レンタカーにて大雪旭岳山麓泊
   12日(土)ロープウエイを使った後、旭岳アタック(往復数時間)その後十勝方面移動。
   13日(日)十勝、美瑛、富良野手頃な山に登るか、散策。
   14日(月)予備日。天候により弾力的に動きます。勿論天候不良のときは、温泉他それなりの所へ。
   15日(火)午前中散策、午後千歳へ。夕刻発、夜帰京。フエリー組みは夜乗船
※   時間があってフエリーを利用される方は、前後1日掛かります。

以上ラフな計画で、皆さんの希望も大いに取り込みたいと考えます。
費用は北海道往復飛行機運賃他が大きく影響します。
特に早く(理想は45日前)に予約すれば、大幅割引あり。他にも色々手の打ちようがあります。よって3月25日(日)までにお申込みいただければ、最大努力します。なお、一応3月25日(日)を締切日としております。

[申込先] 
鎌田克則 573-1143 枚方市宇山町19-7

 FAX 06-6943-4580 携帯090-1483-2192
mail rac-kamada※tkcnf.or.jp 
TEL(日中)06-6943-4500、(夜)072-857-6344
 
※→@に変えてご連絡ください。   

2012年2月21日火曜日

2012年2月北山の会 蕨平と雨飾山 第一報             サポート隊 鎌田克則

まずは、写真を。
コメントも載せています。




18日朝現在蕨平オールスター

小谷温泉より北アルプス、右端八方尾根、中央五竜、左鹿島槍


昨年登頂した大渚山(1,566M)



天狗原山(2,197M)方面

大海川より雨飾山(1,963M)


⑥荻野パーティーテント地


2012年2月7日火曜日

文章マナーについての私見 四手井靖彦

作文の好きな人、嫌いな人、また、上手な人、下手な人があるかもしれない。登山家には文章をよくする人が多い。登山の報告を書いたり、エッセイをモノにする機会が多いから、と考えられる。天賦の才能もある程度の影響があるだろうが、努力すれば誰でもそれなりの文章が書ける。ただし、基本的な作法、マナーというものがある。
他人の文章をよく読むのが文章上達の一つの方法である。一般に、最も親しむ機会が多い文章は新聞記事である。新聞は国語審議会の答申を準用しているので、表記、表現法としては原則的に手本になる。むろん、新聞記事がすべてよい文章とは限らない。文体からしてなっておらん記事、意味不明の記事もある。新聞が多用する体言止めなども感心しない。
この記事はうまいとか、あるいはへたくそだとか、点数をつけて読むとよい。最近の流行りは短文形式である。新聞は内容ともに、批判的に読むものである。
さて、文書マナーを身につけて何を書くか。テーマを絞るのも一つの手である。何でもかんでも、総花的に書くと、テーマがぼける。目に触れたもの、現象面ばかり追うと小学生の遠足日記になる。心象風景を描く、何を感じたか、何を思ったかを書くと文章にふくらみが出る。登山記ではないが、海洋ものの「太平洋ひとりぼっち」(堀江健一)と、「リブ号の冒険」(小林則子)の違いがそれである。前者が航海日誌的な味気なさに支配されているのに比べ、後者は心象風景にあふれて読み応えがある。
長年文章を書いたり、他人の文章に朱を入れたりするのを生業としてきた立場から、基本的な文章マナー、用字用語について、以下に私見を交え若干のアドバイスをする。なお、「朱を入れる」は、毛筆時代に他人の文章を直すとき、朱を用いたことに由来する。
一応の約束事はあっても、文章はあくまで個性である。思想であり、人格である。最低の約束事だけに留意して、のびのびと書いてみよう。紀行文よし、エッセイ、創作もよし。会報にどんどん投稿してみよう。                   

句読点 高校野球の試合結果で「○○校にがい歌」という見出しがあった。「がい歌」は「凱歌」としたいところだが、「凱」が当用漢字にないので「がい歌」としたところはやむを得ない。だが、「○○校に」と「がい歌」の間に読点、あるいは「アキ」(余白)を入れなかったために「苦い歌」になってしまった。読点があるかないかで、意味がまったく違ってくる例である。
こういうのを、「弁慶がなー」と言う。読点の位置を間違えると、「弁慶が、長いなぎなたを…」が、「弁慶がなー、ぎなたを…」になるという戒めである。
朝日新聞の「用語の手引き」には、こんな例が出ている。「Aさんと同乗のBさんが死亡した」。AさんとBさんの2人が死んだのか、あるいはAさんの車に同乗していたBさんだけが死んだのか、筆者には自明であっても、読者にはわからない。「Aさんと、同乗のBさん」とすれば、2人とも死んだことになり、「Aさんと同乗のBさんが、」とすれば、Bさんだけ死んだことになる。事実関係がまったく違ってくる。
「用語の手引き」からもう1例。「私は昨日アメリカから帰った友人に会った」。「昨日」が私にかかるのか、友人にかかるかで意味が変わる。「昨日に帰ってきた友人」なのか、「昨日に私が会った友人」なのか。これも、筆者には自明で、読者にはわからない例である。

漢字の名詞と名詞がつながる場合、例えば、「連日登山三昧であった」と書くと、意味の取り違いはないが、表記上、「連日登山」という4字熟語になって恰好が悪い。「連日、登山三昧であった」とすと、体裁がよいし意味もよくわかる。
ひらがなの場合も、名詞と名詞がつながる場合、読点を入れた方がよい。例えば「あす、あさって」など。読み違いはなくても、やはり体裁が悪い。「ただし」や「しかし」、「でも」、「だが」などの接続詞の後は必ず読点を入れる。
読点をおろそかにしてはいけない。一般に、どこに挿入するかは基本的に筆者の気の向くままであるが、入れ過ぎということはない。むしろ、句読点が多いほど読みやすいし、文章の意味がわかりやすい。
句点には誤法というものがほとんどない。文末につける以外に使い方がないからである。ただ、会話体などでカギ括弧(「」)内の最後に、句点をダブらさない方がよい。「君を愛しているよ。」などである(句点の。とカギ括弧」がダブる)。有名作家などもやっている。禁じ手というわけではないが、不細工である。最近読んで、いま手元にある広瀬隆の「原子炉時限爆弾」の冒頭のページに「勿論私は…」という表現がある。「勿論」と「私は…」の間に読点があった方が読みやすい。

数字の表記 数字には和数字と洋数字(アラビア文字)がある。昔、時計の文字盤などに使われたローマ数字もあるが、これは普通の文章で使うことはあまりない。和数字と洋数字の用い方には原則というものがないようである。
しかし、どっちでもいいから適当に、というものでもない。縦書きと横書きでも事情が違う。数字を表すのに、横書きの場合は洋数字が便利である。一般の数字表記はすべてこれでよい。だが、以下のような場合は少し考えた方がよい。例えば「第二次世界大戦」という場合、「第2次世界大戦」とも書ける。「二世」、「三世」という言葉がある。「2世」、「3世」でもよさそうである。間違いではない。だが、「第二次世界大戦」とか「二世」、「三世」という言葉は、それ自身が一つの独立した日本語の名詞なのである。
「第100次世界大戦」という言葉はない。ローマ法王など十何世というケースもあるが、「100世」はないだろう。そこから導き出される結論は、どんな数字にでも置き換えられる場合に限って洋数字が使える、ということになる。「三度目の正直」は、一つの熟語であって、「四度目の正直」はない。だから、「3度目の正直」としてはいけないのである。
「パーティー3人が…」という場合、3人でも6人でも10人でもあり得る。だから「3人」でよい。あえて「三人」と表記することはない。縦書きの場合は別である。

漢字 漢字は当用漢字が原則だが、どれを使う、使わないかは偏に筆者の好みの問題である。梅棹忠夫さんはひらがな表記が好きだった。私なら漢字を使うところを、ひらがなで書いている。一般に、日本語文章はほどよい漢字、ひらがな交じりが美しく、読みやすいと思う。基準は当用漢字である。最小限、当用漢字は使った方がよい。そのうえで、それ以外でも、好きな漢字は使えばよい。当用漢字であっても、嫌いな漢字、使いたくない漢字もある。それが、その人の文章の個性に反映する。漢字にはそれぞれ味がある。

「いろいろな」という表現がある。関西風には「いろんな」と言う。「さまざまな」と同意語である。これを「色色」や「色々」と書く人がいる。印刷されたものでも目にする。やめてほしい。不細工である。恰好悪い。広辞苑には「色色」は「さまざまな色」と書いてある。色はカラーのことなのだ。角川の漢和辞典には「色色」の読みとしては「しょくしょく」しか書いてない。さまざまなという意味で「色色」や「色々」と書くのは間違いではないか。

人数表記 「○名」と表記する人が多い。間違いではないが、「○人」とするべきである。「○名」は役所言葉である。警察や消防の用語である。役所の文章も恐らく同じであろう。それと、旅館などで商売上に使われる。「○名様、ご到着」などと言う。
普通の話し言葉で、「○名で登った」とは言わない。「○人で登った」というのが現代用語の常識だろう。新聞用語にも「○名」はない。明治時代に言文一致運動が始まって、文語体が追放された。二葉亭四迷らが先覚者だったという。私らの世代はもう、文語体は読めない。森鴎外の「舞姫」には辟易した。
「○名」と「○人」の表記は直接、言文一致運動とは関係ないが、現代口語文の中で言と文が一致していない一つの例である。文章を書くときに、何か力んだり、緊張したりして、つい、「○名」になってしまうのかもしれないが、この用語には抵抗を感ずる。できれば「○人」に統一してほしい。

 「…から」と「…より」 「…から」とするべきところを、「…より」を使用する人が多い。「用語の手引き」にこんな例が出ている。「紫式部は子どものころより利発だった」。この文は紫式部の「現在と子どものころ」を比較しているようにも受け取れる」。子どものころより、いまの方が利発である、という意味に受け取られる恐れがあるのだ。本来の意味は、「いまも利発だが、子どもの時分から利発だった」のである。「子どもころから」とするべきなのだ。だから、朝日は場所・時間の起点を示す場合の助詞は「から」を使い、「より」は使用しない、と取り決めている。
「…より」は、何か力んだような感じがする。朝日の取り決めを押し売りする気はないが、言文一致の趣旨からも「…から」の方が自然である。話し言葉で「…より」を使う人はいないだろう。作文を意識して力む必要はない。

時制 最も気になるのは、時制を無視した文章である。「詩歌は静かなるところにて思ひ起こしたる感動なり」と藤村は書いている。登山の紀行、報告は下山して時間が経ってから、静かに思い起こして書く。
ところが、書いていると過去の世界に戻ってしまい。「きょうの行程は…」などと書く。「あすは…」も出てくる。時制を全く無視している。過去の時制に「きょう」はない。「この日は」とか「当日は」とするべきである。「あすは」は「翌日は」としなければならない。ただ、文中の会話体ならよい。「『きょうは、ええ天気やな』 と、○○が言った」といった場合は「きょう」でよい。過去の時点として時制に矛盾はない。

年代表記 元号を用いる人が多いが、やめてほしい。元号は天皇制と関係がある。役所とNHKが頑なに元号にこだわるのはそのためである。NHKは国に首根っこを押さえられているから、元号を止められない。役所も政府と政権政党には逆らえない。だが、天皇制と無関係であっても、二重表記はややこしい。京都市は近年、西暦表記も採用するようになった。コンピューターの関係で、西暦の方が都合がよいらしい。当然である。
役所とは全く関係のない山岳会が、なぜ、元号にこだわるのか理解ができない。私など、元号で言われると、いつのことかわからない。はっきり言って、元号など国際的にはまったく通用しない前世紀の遺物である。ボーダーレス、グローバル時代と言われる昨今、前世紀の遺物とは決別しようではないか。若者は未来に生きよう!
過去の時限で、元号の方がわかりやすい場合がないとは言えない。そのときは、カッコ内で元号を併記するとよい。例えば、2011(平成23)年、などである。賢明な諸氏は早くからこの方式を採用している。
「年度」もほとんど意味のない役所用語である。予算が年度別になっていることから、役所では各種行事を年度別に分ける。1~3月は新年とダブって混乱する。役所以外では、年度表記もやめた方がよい。意味がないし、わかりにくい。グレゴリオ暦に従った通年表記でよいのではないか。

ダブリ表現 入水(じゅすい)という言葉がある。水に入って死ぬことである。入水そのものに自死の意味があるのに、「入水自殺」といったダブリ用語が新聞にもよく登場する。こんなのを「馬から落ちて、落馬して」と言う。「女の婦人に笑われて、切腹しよか、腹切ろか」と続く。誠に恰好が悪い。
「日本語『間違い』辞典」(ワニ文庫)には、こんな例が出ている。「高校野球は炎天下の下で行われる」。「下」は「もと」なのである。もう一つ、「約1時間ほど」。「約」と「ほど」は同意語である。ダブリの例として比喩的に持ち出されるのは「大豆豆」や「回虫虫」などがある。筆者は「今現在」という、よく耳にする表現にも抵抗を感じている。「現在」とは「今」のことなのだ。
NHKが好んで使う「非常に激しい雨」もダブリ表現の典型である。「激しい」は最上級の表現である。それに「非常に」をつける必要はない。「非常に強い」なら、抵抗がない。NHKの言語感覚は、疑問を感ずるものが多い。
ダブリ表現ではないが、よく見かける表記上の間違いは「享年○歳」である。「歳」が不要である。「享年」は天から授かって生きた年数のことで、没した年齢のことではない。生きた年数と死んだ年齢は数字としては同じだが、言葉の意味が違う。従って、○の部分は数字だけでよい。例えば、90歳で死んだとしたら、「享年90」とする。
最近、よく耳にする話し言葉で気になるのは、「…しにくい」と「…し辛い」の混同である。両者は意味が違うから、どちらを用いてもよいというものではない。「…しにくい」は物理的困難さを意味し、「…し辛い」は精神的、内面的要素があるように思う。テレビに出てくるアホ文化人たちは、「…しにくい」と言うべきところをほとんど「…し辛い」と言っている。
最近はあまり見かけなくなったが、一時、「酷く感動した」とか「酷く美しい」などと言う表現が流行った。逆の意味に使うことで新鮮味を出したつもりだろうが、「酷い」は「むごい」などと同じ意味で、肯定的な意味で用いるべきではない。

「つなげる」 いま、話し言葉でも書き言葉でも、最も気になって腹立たしい表現は「つなげる」である。私らの若いころはこんな表現はなかった。ごく最近流行り出して、テレビも新聞もオール「つなげる」が席捲するようになった。かつては「つなぐ」、「つなぎ」であった。どういう理由で「つなげる」なんて変な言葉がのさばりだしたのか。文法上のことはわからないが、「曲がり角の日本語」(岩波新書)には以下のように書くにとどまっている。
現在すでに「つながる」に対しての他動詞は何かというと、「つなぐ」だと言う人がほとんどいなくなりました。「つなげる」だと言います。本来は「つなぐ」でした。…本来の「つなぐ」に対して「つなげる」という形がどうしてでてきたのでしょうか。

面白く、楽しく さて、基本的マナーを身につけて何か文章を書いてみよう。山登りの報告、想い出、エッセイでもよい。テーマによっては必ずしも当てはまらないが、文章は読んで楽しく、「ああ、おもろかった」と思ってもらえるのが一番よいと思う。どこかに意見、主張があってもよい。先に述べたように、文章は個性であり、思想であり、人格である。
新聞社には「デスク」という職制があり、原稿に朱を入れる。社のコードに照らすというのが本来の役割だが、読みやすい、わかりやすい文章に直す。むろん、誤字、誤用も正す。新聞でなくても、公表する文章は必ず筆者以外の目を通すべきである。筆者の思い違いなどもある。会報などは編集者にそれを委ねていると考えてよいだろう。
何度も推敲する。文章は読むたびに直したくなる。何度も手直しするとよい。これでよし、と言う段階で出稿する。そして、編集者の目を通して朱の入った原稿を一度、筆者に返してもらう。納得して改めてゴーサインを出す、という手順を踏むのが好ましい。そのためには時間が必要である。ものを書く場合、もう一つ大事なのは、締め切りを厳守することである。

2012年1月31日火曜日

志賀高原報告、その他諸々 鎌田 克則

1)志賀高原報告 1月27日~2月1日川井、上嶋、倉橋、四手井、鎌田以上5名参加(四手井、鎌田は1/30帰り)
今年はなかなかの豪雪,それに低温、なにしろ27日、28日は-14度~-17度、それに風が吹けば、寒くて手足がちぎれそう。鉢山ほか少々ツアーの予定が、豪雪、低温で、ものの50mも進めず、転倒してもなかなか起きあがれず、スキーも雪中より見付けるのも大変と言った状態、半日で引き上げる。
30日も午前中は曇りで低温、厳しかったが、午後から好天、あのジャイアント他、かねがね恐れている急坂を、新雪蹴飛ばして豪快に滑った。その日はなんとチュートンさんの81歳の誕生日、それで来春はウエンゲン(スイス グリンデルワルトのユングフラウ寄りの素晴らしいスキーリゾート地)に行くと宣言された。概ね2013・2・2(土)発~10or11日帰り、カタール航空利用、三食、飲み物、リフト券、インストラクターall込み、26万円程度か。鬼が笑いますが、今年行こうかと考えていたので、概ねその計画流用、鎌田がお世話させていただきます。ユーローの安い時期に、ヨーロッパスキーが存分に楽しめますよ。
2)蕨平参加者 上嶋、高鍬、鎌田、三人は2/17午後京都、車で出発、(もう1名乗車可)、17日19日信濃荘泊、18日は雨飾り行きに付き、テントまたは山田旅館泊、万一それが天候如何によって1日伸びる可能性あり。
予定通りなれば、19日信濃荘に泊まり、20日(月)午後車で帰京予定。
荻野さんも同じく17日、東京より高速バスで来られ、前三人と同じ行動、但し帰りは、蕨平に22日ごろまで滞在される予定。
四手井さんは、雨飾り同行に付いて人数等の関係で不参加とのことです。
尚、雨飾、テント組み3人、山田旅館泊まり私一人、誰かご一緒しませんか。特に磯垣さん。黒田さん、あのテレマークで一丁どうですか。
以上と理解し、チュートンさんに伝えてあります。誤っておれば、至急訂正ください。
その他蕨平に参加される方は、2月2日以降に早急に、チュートンさんに滞在日とアクセス手段を直接連絡してください。
3)3月3日の由良ケ岳とカニの話、 北海道まで聞こえて安藤さんまで来られる由、私は個人申告最盛期なれど、何とかせねばなるまいと考えています。どうなるか解りませんが、どちらか、両方か、見通し立ち次第連絡させていただきます。
私としては、そこで北海道計画、5月GW前か後か、どんな日程か、参加者がどのくらいか、の凡そを決めたいと思います。原則は中村さんと安藤さんのご意見に従うつもりですので、出来ればそれまでに、お二人で話し合って大筋を決めて頂ければ、非常に有り難いです。そして大筋が決まり、それを先に知らせて貰えば、詳細を詰めて、計画案として、当日持参も考えています。もしGW前の4月ともなれば,日も少なく、航空券も日があれば、安く買えます。(船もありますが)
 所で、何とカニと聞こえただけでこれ程反響があるとは!!私はブログに投稿は無いし、ほんとに見てもうてんのか半信半疑でしたが、メーリングリストとやら、大変な伝達力ですねえ。安心しました。これからはメーリングリストに載せれば、少なくとも北山の会の主力メンバーには伝わったものと理解します。
4)会報の件、四手井さんが3月一杯で会報作成に専心しておられます。
特に今年は小屋特集ですので、長くとも、短くとも小屋にまつわる思い出等出稿おねがいします。なるべくMAILで送ってあげると助かるそうです。
宜しくお願いします。


2012年1月19日木曜日

BSプレミアム グレートサミッツ モンゴル最高峰, フィテン峰(4373m)のTVをご覧下さい。

鎌田 克則です。

昨秋、シルクロード、特にタクラマカン砂漠を半周した後、砂漠を縦断しました。なかなか異郷の旅心を満たしてくれましたが、そこで新疆ウイグル地区の案内の本(中国版・日本語訳)を手に入れました。その中の写真が見事で、特にウルムチの北、アルタイ山脈・カナス自然保護区辺りに魅かれました。何と言っても大草原の向こうに白い峰々が美しく、それに神秘の湖といわれるカナス湖の紅葉の美しさ、今秋はここに行くべし、と考えるに到りました。
 所でその辺りを調べている内に、どうしても気になる山があるのです。アルタイ山脈の最高峰(ロシア、モンゴル、中国と三国国境の山)で、中国名は友誼峰(名前が良い)、またはクイトウン峰、(4356m or4374m)それが余程眺めが良いらしく、あちこち写真に出てくるのです。それ程尖った様子もなく、高さも我々の梃子に合わない程でもない。一発登れないかと調べ始めましたが、何と全く登頂記録が無い。わくわくしてヒマラヤ観光を通して中国側に調べてもらったら、なんだか1940年代にロシア登山隊員30名が行方不明になったとか、日本ヒマラヤ協会が2000年前後に失敗した。その後中国隊が登頂したが、しかし記録がないとか,訳の解らない山なのです。
それでほぼ諦めていたら、何とNHK,BSプレミアムで放映される、グレートサミッツの「モンゴル最高峰フィテン(4373m)」が、その位置、高さから私の目指す?山らしいのです。
それが何とこの1月21日(土)19:00~20:29,23日(月)16:00~17:29で放映されることが、たまたまNHKを見ていて解ったのです。
運命的だと思いませんか。もう黙っておれない。と言うことでお知らせします。
先ずは見てください。そして是非登りたい?せめて眺めたいという人は、9月中旬の紅葉の盛りに、私は行きますので、声を掛けてください。多分中国側からアプローチの予定ですが、TVの内容によっては、モンゴルからも検討します。先ずはご覧を!!              
追伸 尚、6月初め、アンコール遺跡、ベトナム縦断も考えております。ご一考を。